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父の詠んだ歌が出てきました

俳句手帳
父の句
母が亡くなった父の日記を読んでいます。
「離婚したい」と書いてあったとか(笑)

実際に、当時記入済みの離婚届を渡されたそうです。
しばらくして、提出したのかを聞かれた母は
「出してきたよ」と答えます。
「これからは年金半分になるからね」と言うと。
「それをわかっていてなんで出すんだ」と怒っていたそうです。
もちろん実際には提出していません。
母の方が一枚上手と言ったところですね(笑)

日記には時々「俳句」か「川柳」が出てきます。
最近では有名人が俳句を詠んで先生が批評する
テレビ番組が流行っていますが、私自身は
今まで「俳句」や「川柳」に興味を持ったことがありません。

まさか父が「俳句」や「川柳」を詠んでいたとは知りませんでした。
その句がどのレベルなのか全くわかりませんが。

なんだか一人でコッソリ詠んでいたのが寂しい気がします。

調べてみると、近所に俳句教室がありました。
父の性格からは知らない人に自分の句を披露するのは
嫌がるだろうと思うのですが、勝ち負けのある囲碁よりも
なじみやすかったかもしれないなと思ってしまいます。

母も「こんなに書いてたんだ」と言っていたので
日記を読んで知ったようです。

父の実力がどんなものだったのか
ちょっと興味がわいてきました。

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おかしいな?と感じた父は、自分なりの認知症予防をしていたようです

囲碁
認知症予防を実行していた父
認知症の初期の症状の時には”正常”な部分が多く
自分でも「おかしいな?」と感じるようです。

父の日記には「ビデオの予約ができない」と今まで
できていたのにできなくなった不安が書かれていました。

父は自分なりに新聞やテレビで見た認知症予防を
実行していたようです。

日記は以前からの習慣でしたが、認知症予防に効果があると
言われています。
読書はもともと好きで、続けていました。
散歩がいいと聞くと、それまでは母の誘いで食事や近所の
散策にいく程度だったのが、一人で散歩や買い物にでる
ようになりました。

好きなことをやることが認知症予防に効果的と言うことを
テレビでやっているのを見たようです。
母が心配して、近くにある文化センターに行き
囲碁を打つことを勧めます。
何回か母が付き添って行ったのですが、人見知りで
社交的でない父は知らない人と囲碁をするのが嫌だった
らしく、行くのを嫌がります。

母の誘いに対して
「好きなことをしてれば認知症にならないとテレビで言っていた
から、好きなことをしているからいいんだ」と認知症予防の
情報を言い訳に文化センターに行かなくなりました。

そう言われてしまうと母もそれ以上は誘うことはできません
喧嘩になってしまいますからね。

認知症予防と言えば関心が高まるということが
言えるのでしょうか、毎日のように情報が発信されています。

どれだけの責任感で発信しているのかと思ってしまいます。

軽度認知症の状況の人が「これをやればいいんだ」と思い込み
ひとつのことだけを一人で黙々とやってしまえば、むしろ認知症の
症状を勧めることになってしまうかもしれません。

認知症予防に効果的などと言う情報に対しては、懐疑的な目で
見てしまいます。

父を見ていても、認知症に良いと言われていることは
そこそこやっているように思えます。
ただ一番大事なことをやっていなかったような気がしています。
それは「人とのコミュニケーション」です。

誰かと会って楽しく話をするということをしていませんでした。
私の実感としてはこのことが父の認知症を進めた大きな
要因の一つになっていると感じます。

人と楽しく会話をするために、何をきっかけにするかと言うことが
認知症予防の方法になってくるのだと思います。

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できていたことができなくなる どのような気持ちでしょうか

ビデオ
ビデオの録画予約
父が認知症になってからの不可解な行動を
振り返って考えたときに、認知症の症状が出る前のことを
思い出しました。

一日中家にいるのですが、特にやることがありません。
暇をつぶすように、よく間食をしていました。
もう一つよくやっていたことを思い出しました。

それは、ビデオの録画予約です。
ケーブルテレビに加入していたのですが、番組表に
赤いペンで録画する番組をチェックして、ビデオデッキに
録画の予約をします。

全部見てるのかどうかわからないほどの録画の量でした。

この行動は自分自身に課したノルマのようなものだったのかも
しれません。

その後、父の異変に気付き始めたきっかけの一つが
この、ビデオの録画予約でした。

徐々に録画予約がスムーズにできなくなります。
そして、地上波がデジタル放送になったときに
地上波の録画はそれまでと同じようにビデオのチューナーを
使っての録画ができなくなります。

この時に、なぜ録画できなくなったかが理解できないようでした。

その時は年を取るとデジタル機器に関しては苦手になるのだな
という程度の印象でした。

ところが、その後は今までできていたケーブルテレビの録画予約が
できなくなっていきます。

心配した母が取り扱い説明書を見ながら一緒に操作を
するという状況です。

元々機械音痴の母はビデオの録画予約ができなかったので
見たい番組の予約は父に頼んでいました。

それが逆転してしまいます。
父が赤ペンでチェックした番組を母が予約するようになりました。

母はこの時点で父が普通の衰えではないと感じたようです。
少し前から物忘れが多くなったり、運転がおぼつかなくなったり
ということもあった為、脳神経外科に診てもらうことになります。

自分の楽しみであり、ノルマであるビデオの録画予約が
できなくなったことは、父の「生きがい」が一つ失われて
しまったのかもしれません。

今はそう感じるのですが
当時は「そんなこともできなくなったの?」という気持ちでした。

担当医に「ビデオの録画ができなくなった」と相談していたことも
あったようです。
本人は不安だったのだと思います。

その時はそんな父の気持ちを考えることもしていませんでした。

振り返れば振り返るほど
当時の自分にアドバイスをしたくなってしまいます。

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父の不可解な行動の意味を考えてみました

本棚
不可解な行動の意味
認知症の人の行動は不可解なことが多いと感じます。

見当識障害や記憶障害からくる症状に関しては
なんとなくイメージが湧きます。

物忘れしたり、今日が何日かすぐに答えられないことは
認知症ではなくてもよくあることです。

我が家の父は、風呂好きでした。
それが、認知症の症状が進んでからは、お風呂を嫌がるように
なります。
認知症の人に良くある症状のようですが、元々が好きだった
のが、どうしてだろうと思ってしまいます。

母が「何の意味があってやってるのかね」と言っていた症状が
あります。
本やビデオなどを引っ張りだしてきては、一つ一つ戻していく
と言う行動です。

ちゃんともとに戻すことができないので、必ずものがなくなります。

やりだすと何時間もやっています。夜中に突然始めることも
あるので、物音が気になって眠れないこともありました。

なんの意味があるのか不可解だなと思っていました。
しかし、よく見てみるとぶつぶつ独り言を言いながら
一生懸命にやっているように見えます。

もしかしたら、自分の仕事だと思っているのかなと
感じました。

認知症の人にも役割を持ってもらうのが、症状の進行を
遅らせるといいます。
何か役割がほしくても、何も与えられないので自分から
仕事を作っているように見えました。

勝手な想像になりますが、現役で働いているころに
戻っているのかもしれません。

本人の為には、気のすむまでやらせてあげたほうが
良いのかなと思います。
しかし、夜中に物音が気になって眠れないので
父の「仕事」をやめさせて部屋に戻したことがあります。
その時の表情は、寂し気なようであり、不満気なようでも
ありました。

不可解な行動にも本人にとっては意味があり、私たちには
理解しにくいのですが、それが「生きがい」のようになっている
のかもしれません。

今思えば、好きなだけやらせてあげればよかったなと
思うこともあるのですが、もう一度同じ状況に直面したら
やはりやめさせてしまうと思います(笑)
自分勝手なものですね。

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几帳面・真面目が危ない! 兄弟姉妹から見えてくる認知症のリスク

卵の賞味期限
几帳面な人
几帳面で真面目な人は、認知症になりやすい性格と言われている
ようです。

日本人の典型的な性格なようにも思えるので、日本人は
認知症になりやすい性格と言う事でしょうか。

我が家の父は、まさに典型的な几帳面で真面目でした。

母と比べてみると、母はフライパンなどの洗い物が少し
汚れていることがあります。
父はそれを見つけると、ほかの食器なども調べて
全部きれいにしてしまいます。

母は嫌味な行動とは感じていないようで
「助かった」と言っていました(笑)

賞味期限にも几帳面な性格が表れています。
父は賞味期限が切れているものは食べません。
当たり前と言えば当たり前ですが。

野菜などは「なんか、臭う」と言って買ってきた
ばかりのものを食べないこともありました。
几帳面と言うより用心深いという感じですね。

母は全く違います。
賞味期限が切れていても、まずは少し食べます。
食べられれば大丈夫と言う判断基準です。
ダメなら吐き出してしまうということです。

田舎で育ったため、冷蔵庫が無く、食べ物に
消費期限や賞味期限が書いてあるものがなかったと
いうことで、なんでもちょっと食べて確認していたそうです。

育った環境や遺伝的性格も影響しているように思います。

父の兄弟は学校の勉強ができたようですが、ユーモアは
それほどなかったような気がします。
まだ健在な父の兄弟は3人いるのですが、2人が認知症です。

母の兄弟は、個性的で見ていて面白いです。
いい歳していまだに喧嘩したりしていますし。
兄弟全員元気で、認知症は一人もいません。
亡くなっている長男も認知症ではありませんでした。

これは偶然ではないような気がします。
あまり細かいことを気にしないことも大事なのかもしれませんね。

二人の血をひく私はどちらなのか心配になりますが。

食べ物が食べられるがどうかの判断は
母の教えを実行しています。
一人暮らしでは、すぐに賞味期限が切れてしまうので
だいぶ食材を無駄にせずに済んだと思ってます。
一度もお腹を壊したことはありません。

賞味期限を守らないほうが、認知症になりにくい
と言っているわけではありませんので(笑)、誤解のないように!

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